お土産の読み方・由来・歴史まとめ 年代別にお土産を紹介します

毎日お土産のことを考えている、おみやげライター嶋田(@SRokota)です。

最近、旅先でなにかお土産を買いましたか?
だれかにお土産をもらいましたか?

普段何気なく手にする駅のお土産や友人からもらう旅先のお土産。

改めて「土産」について考えると、いろんな疑問がでてきます。

「いつごろお土産の風習は始まったんだろう」「お土産の由来って何だろう」「全国各地の有名お土産はいつ誕生したんだろう」。

今回は、そんなお土産あれこれについて知るべく、以下のことを紹介していきます。

  • 「土産」の読み方は?
  • お土産の語源や始まり
  • 名物はどうやって広まったの?
  • お土産は日本独特の文化?
  • 全国のお土産とその誕生年

*記事を執筆するにあたり、一部「おみやげと鉄道(鈴木勇一郎著)」を参考にしています。

お土産の読み方は

漢字で土に産まれると書いて土産。

「どさん」「とさん」と読みますが、現在では「みやげ」ということが多いですね。

土産と書いて「みやげ」と読むようになったのは、室町時代頃からといわれています。

なので、そのころからすでに土地の名物を贈り物にする習慣があったのでしょうね。

お土産の語源や始まり

では「みやげ」の語源となっているものは何でしょうか。

諸説ありますが、そのなかには「屯倉(みやけ)」「宮笥(みやけ)」という説があります。

宮笥とは神に捧げるお供え物を入れる器のことです。

昔は神社に参るときに供え物を持参していました。

その供え物に対して「神のおかげ」として授けられたものがあったんですね。お札や神酒や特産品など。

授かった人は、神様からいただいたその恩恵を家族と分かち合ったのです。
じつはこれが「みやげ」のはじまりといわれています。

それに加えて、神社仏閣では食べ物が売られるようになり、参詣した人達が買って帰り、ほかの人に配るようになっていきました。

このようなところから、食べ物をお土産とすることが広がっていったのではないかと思われます。

名物はどうやって広まったの?

土地の名物は、ただ名物として存在するだけでお土産となるわけではありません。

名物がお土産化されるには、当然ながら、それが広まっていく必要がありますね。

お土産というものが広まっていく背景には、ひとつに交通機関の発達があるといえるでしょう。

人が歩いて旅をしていた昔の時代と、あらゆる乗り物をつかって旅をする現代。

いまでは、各地で購入した名物を比較的短時間で持ち運べるようになりました。

そのようにして、旅先の名産が遠くにまで広く知られるようになったわけですね。

例えば長崎だけの名物でしかなかったものが、北海道の人にも知られるようになったのです。

車・鉄道・飛行機などの交通機関の発達も、お土産文化が広がる重要な要素といえます。

お土産は日本独特の文化?

日本では当たり前のように贈ったりもらったりしているお土産。

このお土産文化は、「他人に旅先の名物(食べ物)を贈る」ということにおいて、日本独特の文化ではないかと思います。

私自身、モンゴルに住んでいた時にそのように感じました。

モンゴルの首都・ウランバートルにもお土産ショップはあるのですが、看板には「souvenirr shop」と書かれています。

このスーベニアという言葉には「旅行した本人の思い出」というニュアンスがあるんですね。

日本でいうお土産のように、旅先の名物(食べ物)を贈るという意味合いがありません。

なので、ウランバートルのスーベニアショップにあるお土産の大半も民芸品なのです。

木製の馬の置物、ゲルというモンゴルの家型の模型、絵葉書などがほとんど。

日本のようなお土産化された食べ物をまず見かけません。
東京ばな奈白い恋人のようなお菓子がないのです。

もちろんウランバートルにもモンゴルの特産を使った食べ物はあります。
市場へ行くとモンゴル産のチーズやヨーグルトなど、乳製品が売られていて、店員さんはしきりに外国人にすすめていますよ。

でも、それは日本でいうお土産品とはやはり違います。
お土産用として、キレイなパッケージに入れて販売しているわけではありません。
日本でいう「お土産」とは随分異なると感じましたね。

この日本独特のお土産文化はとても面白いです。
各地で作られた名物、歴史上の人物や場所にちなんだお菓子が、これほどたくさんつくられている国というのは、そうそうないと思います。

▼関連記事
参考:ホームステイや外国人へのお土産、どうする?経験者が伝える外国人に喜ばれる日本の手土産おみやげ(お菓子・食品)とマナー

年代別の名物・お土産一覧

お土産の由来やお土産文化について知ったところで、日本の代表的な名物・お土産としては新しいお菓子をいくつか見ていきましょう!

安倍川もち(江戸時代)

やまだいち安倍川もち 外装

安倍川もちの歴史は古く、遡れば徳川家康が生きていた江戸時代にまでたどりつきます。

餅を献上した男にたいして、家康がその美味しさを褒めたところ「安倍川に流れる金の粉をすくって、餅にまぶしたのです」との返答が。

それを気に入った家康が「安倍川もち」と命名したといわれています。

昔から東海道名物として知られており、現代まで食べ継がれてきた餅菓子なんですよ。

写真は、戦後安倍川もちをはじめて復活させた、やまだいちの安倍川もち

東海道中膝栗毛に登場する喜多八さんがデザインされたパッケージが特徴です。

参考:やまだいち 安倍川もちの記事はこちら

赤福餅(1700年代?)

赤福餅の外装

三重県伊勢の名物として有名な赤福餅。

旅行好きの人で知らない人はいないだろうというぐらい、全国的に知名度の高い名物です。

赤福餅自体の誕生時期はわかりませんが、お店・赤福の創業は1707年とされています。

明治天皇が召し上がったこと、一般の人が伊勢神宮を訪れるようになったこと、駅構内で販売されるようになったことなどで、一気に広く知られる存在となりました。

現在でも、昔と変わらないお餅にこしあんをのせたスタイルで、人気のお土産品として愛用されていますね。

参考:赤福餅の記事はこちら

もみじ饅頭~1906年ごろ

広島県宮島発祥の名物といえば「もみじまんじゅう」がありますね。

歴史は100年超で、1900年代に入ってから誕生しています。

一説には、宮島を訪れた伊藤博文が茶屋の娘の手を見て「紅葉の形をしたお菓子を焼いて食べたらおいしかろう」と言ったことが、もみじまんじゅうの始まりなんだとか。

ただ、詳細なことはわかっていませんので、本当のところどうなのかはわかりませんね。

確かなことといえば、もみじまんじゅうが爆発的な人気となったきっかけです。

1980年(昭和55年)、漫才コンビB&Bの島田洋七氏の「もみじまんじゅう~!」という振り付きのギャグが転機となり、広く知られるようになりました。

現在では、いくつものメーカーからもみじまんじゅうが販売されており、広島県のお土産として認知されていますね。

*写真は藤い屋もみじまんじゅう

参考:各メーカーのもみじまんじゅう記事一覧

鳩サブレー~明治時代末期

鳩サブレー中身全体

神奈川県・鎌倉の名物土産「鳩サブレー」。

明治30年頃、初代店主が来店した外国人からもらった、ジャンヌ・ダルクの絵が刻まれたビスケットをヒントに考案したお菓子です。

いまでこそ鳩型で親しまれていますが、当初は丸型だったんですよ。

鳩の形になった理由には、『鶴岡八幡宮の本殿に掲げられた額の「八」の字が、鳩の抱き合わせの形であること』『境内にいる鳩が子どもたちに親しまれていたこと』があります。

ぷっくりとした可愛らしいサブレは、老若男女問わず、誰からも愛される鎌倉土産です。

かもめの玉子~1952年

かもめの玉子 中身の写真

1952年(昭和27年)に販売開始された岩手県の名菓「かもめの玉子」。

三陸の海の上を飛ぶカモメ。そんなカモメの卵をモチーフにしてつくられた、黄身あん入りのカステラ饅頭。

当初は鴎の玉子として販売されていましたが、1999年(平成11年)から「かもめの玉子」となりました。

現在では慶事用や季節の「かもめの玉子」など種類も増え、いろいろな味を楽しめます。

夜のお菓子 うなぎパイ~1961年

うなぎパイ 中身の写真

ネーミングにインパクトがある「夜のお菓子 うなぎパイ」。

「夜のお菓子って!一体どんな意味があるんだろうか?」と興味をひかれますよね。

じつはこれには、「一家団欒のひとときをうなぎパイで過ごしてほしい」という願いが込められているんですよ。

うなぎパイが考案された時期は、高度経済成長の真っ只中のころ。

女性の社会進出が進んだ時代でしたが、夕食の家族だんらんの時間は大切にされていました。

そんなことから考案されたのが「夜のお菓子」というネーミングなのです。

サクッとした食感がおいしいパイ菓子で、静岡県の名物土産として人気ですね。

参考:うなぎパイの記事はこちら

白い恋人~1976年

白い恋人(ホワイト) 外装

白い恋人(ホワイト) 中身の写真

こちらは北海道のお土産「白い恋人」です。

雪が降るなか、創業者が言った「白い恋人たちが降ってきたよ」との言葉からヒントを得て名づけられたお菓子。

ホワイトチョコが入ったラングドシャで、つい何枚でも食べてしまう美味しさ。

ちなみに発売当初、全日空の機内食として用いられることで、一気に広まったというエピソードもありますよ。

参考:白い恋人の記事はこちら

マルセイバターサンド~1977年

マルセイバターサンド 中身

日本で初めてホワイトチョコレートを販売した、北海道・六花亭のお菓子。

こちらも北海道のお土産として人気があり、ネットショッピングを利用して購入する人もいるほどです。

マルセイバターとは、1905年に北海道で初めて商品化されたバター。

発売当時は◯の中に“成”の字を入れて「マルセイバタ」と表記されていました。

現在でもパッケージや個装には「〇に成」そして「バタ」と書かれています。

クッキー、バタークリーム、大粒のレーズン、この3つの組み合わせが相性抜群のマルセイバターサンド!

コクのある濃厚なバタークリームは絶品です。

参考:マルセイバターサンドの記事はこちら

東京ばな奈~1991年

東京ばな奈の外箱

東京ばな奈の内装

いまや東京のお土産の代名詞ともいえる「東京ばな奈」。

食べたことがなくても、一度は名前を聞いたことがあるのではないでしょうか。

東京バナナではなく「ばな奈」。じつはこれ、女の子をイメージした名づけられたんです。

バナナにつけられたリボンも特徴的で、親しみのわくお菓子ですよね。

ちなみにネーミングの候補には奈々や真理奈もあったそう(日本全国「お土産・名産品」おもしろ事典(日本博学倶楽部) 参照)

スポンジにバナナカスタードが入ったやさしい甘さで、子供から年配の方にまで人気のお土産となっています。

博多通りもん~1993年

博多通りもん 外装写真

博多通りもん 中身の写真

最後に紹介するのは福岡県博多のお土産として有名な「博多通りもん」。

毎年5月3日、4日に行われる祭り「博多どんたく」にちなんだ西洋和菓子。

博多どんたくで、祭りの衣装を着て三味線や笛太鼓でお囃子(おはやし)をする人を、博多弁で「通りもん」と呼ぶんですよ。

博多通りもんは、ミルク風味のする生地と白あんの組み合わせ。とろけるあんがやさしい甘さで人気ですね。

参考:博多とおりもんの記事はこちら

* * * *

江戸時代から続く名物や、比較的新しいお土産まで、年代順に紹介していきました。

上記以外にも、まだまだ由緒ある名物がありますので、ぜひOMIYA!でさがしてみてくださいね。

▼こちらからは地域別で検索できますよ。
OMIYA!地域から探す!

さいごに

たかがお土産、されどお土産。

お土産の歴史、個々の名物の歴史を調べていくと、とても興味深いですね。

今回、お土産について考えるなかで、改めてお土産は日本文化の一つといえるなと感じました。

「よいモノを人と分かち合う」という日本人の気質も垣間見ることができますね。

お土産については、視点を変えればまだまだ色々なことを知れそうです。

自分の住んでいる地域の名物・お土産の由来を調べてみるのも面白いと思いますよ!